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釧路地方裁判所帯広支部 昭和36年(つ)2号 決定

主文

本件請求をいずれも棄却する。

理由

本件請求の要旨は、

第一、被疑者吉瀬陽は帯広刑務所長、同井上弘、同宮川勇松はいずれも同刑務所職員であるところ、被疑者等は共謀の上、請求人が郵送を依頼した東京地方裁判所宛の行政事件の訴状、およびその添付書類、訓路地方裁判所帯広支部、ならびに札幌地方裁判所宛の刑事訴訟法第二百六十二条に基く各審判請求書を発送するに際して、請求人が反対したにもかかわらず、検閲をしない限り、発信を拒否すると称して、その職権を濫用しこれを検閲した後発信を許可した。しかしながら、いわゆる在監者に対する信書の検閲は、監獄法第五十条に規定されているのであるが、同条の法文によれば右検閲は在監者の発信する「信書」に限られているというべく、「信書以外の文書」は右検閲の対象にならないと解すべきである。ところで前掲訴状、審判請求書等は、右検閲の対象となる「信書」には該当しない。このことは同法第四十八条に「裁判所其他ノ公務所ヨリ在監者ニ宛テタル文書」とあることに徴しても明らかである。従つて前掲各文書は検閲を受くべき筋合のものではない。さらに前示第四十八条は在監者の受信する前示文書については披閲することができる旨規定しているだけであつて、発信する同種文書については規定がもうけられていない。このことは裁判所等に発信する文書は披閲することもできないことを意味すると解すべきである。してみれば前掲被疑者三名が前示のように前掲各文書を検閲した行為は、刑務所職員として職権を濫用した違法な行為であつて、処罰を免れないというべきである。

第二、被疑者南保喜作は、帯広刑務所教育課長であるところ、昭和三十六年七月一日頃、請求人の申入により購入した雑誌「キネマ旬報」七月号を請求人に下附するにあたり、右雑誌中「明日なき夜」と題する映画のスチール写真(同書三十三頁)、およびソ連映画のスチール写真(同書二十六頁)各一枚を、印刷用黒インクでぬりつぶして毀棄した上交付した。しかしながら右各写真は現代の社会常識、風俗、モラルの上から判断して、刑務所の秩序と規律を保持するのに少しも有害ではないのであるから、被疑者の右毀棄行為は明らかに刑務所職員としての職権を濫用した違法なものであつて、刑事訴追をさるべきものである。

そこで請求人は第一の事実について、刑法第百九十三条所定の公務員職権濫用罪として、釧路地方検察庁帯広支部に告訴したところ、同支部検察官坂本数は、同年七月二十五日これを不起訴処分に付し、また第二の事実について、同法第二百六十一条所定の器物毀棄罪として同支部に告訴したところ、同支部検察官田中悟は、同年八月二日これを不起訴処分に付した。しかしながら、右各不起訴処分はいずれも正義に反するものであり、公務員によるこのような在監者の権利の侵害は許されないものというべきである。よつて請求人は、右各不起訴処分には不服であるから、裁判所の審判に付せられたく、本件請求におよんだというにある。

本件記録中各不起訴裁定書によれば、前掲検察官坂本数は、昭和三十六年七月二十五日、前示第一の事実の中釧路地方裁判所帯広支部宛の審判請求書を検閲したとの事実を除く他の告訴事実について、いづれもその事実は認定できるところであるが、前叙各文書は監獄法所定の「信書」に該当するから、これを検閲したことは「罪とならず」として不起訴処分に付し、同日その旨請求人に通知し、また検察官田中悟は、同年八月二日、前示第二の事実について、該告訴事実は認められるところであるが、請求人が被疑者に本件雑誌購入のため提出した私本購入願書には「不適当な箇所のある場合は、削除廃棄して差支ない」旨の記載があること、監獄法施行規則第八十六条第一項に基きなされた前掲各写真の抹消は、その写真の実情に鑑みて監獄の規律保持のため適法な処置であつたと認められるから、右抹消行為は「罪とならず」として不起訴処分に付し、同月三日その旨請求人に通知したこと、請求人は、当裁判所に対し、第一の事実については同月一日に、第二の事実については同月七日にそれぞれ本件請求をなしたものであることが認められる。

そこで先ず第一の事実について判断すると、本件記録によれば、被疑者吉瀬陽、同井上弘、同宮川勇松は、昭和三十五年十二月二十六日頃、請求人発信の同人提起にかかる行政訴訟の東京地方裁判所宛訴状および書証として添付された請求人の法務大臣宛情願書写を、昭和三十六年一月十六日頃、同人発信の札幌地方裁判所宛の刑事訴訟法第二百六十二条に基く審判請求書を、被疑者吉瀬は、同月二十六日頃、請求人発信の東京地方裁判所宛訴状補正申立書をそれぞれ検閲し、被疑者宮川は同日頃右訴状補正申立書を披閲したこと、しかして、被疑者吉瀬は帯広刑務所長としての監獄法上の権限に基き、同刑務所保安課長たる被疑者宮川および同刑務所庶務課長たる被疑者井上は典獄たる刑務所長吉瀬の授権に基き、前示各検閲および披閲をなしたものであることが認められる。ところで在監者の発受する信書とは、意思伝達の手段として在監者と特定の者との間で発受された文書を称するものであり、信書の検閲とは信書が宛名人に到達する前に、発受信者の承諾の有無にかかわらず、封書であれば開披して、その内容を検査し、その内容が不当であるときは、その到達を阻止するため一定の強制措置をとることをいうのであるが、かかる信書を検閲するゆえんのものは、未決勾留の目的である逃亡および罪証隠滅の防止ならびに審判の適正な遂行にとつて有害な信書、行刑の目的である受刑者の身柄の保全および改善矯正の上からみて有害であり行刑の効果を阻害するような信書を排除することにあり、仮に検閲がないとすれば国家治安の最終的業務を担当する監獄の任務は直接的必然的に侵害されることになる故、かかる有害な信書を排除する直接の手段たる検閲は、公共の福祉上からの制約として当然是認さるべき監獄業務遂行の正当な方法というべきである。かかる趣旨に基いて、監獄法は、第四十六条第一項において在監者の信書の発受を原則として許可にかからしめており、同条第二項は、受刑者と被監置者については特段の必要性のある場合を除き非親族者との信書の発受を禁止してその要件を厳格にしており、第四十七条第一項においてはとくに受刑者と被監置者にかかる信書にして不適当と認めるものはその発受を禁止することを定めて、検閲の機能が強制力を持つものであることを宜明し、第五十条においてそのような検閲を是認し、なお同法施行規則第百三十条において右検閲は典獄たる刑務所長が行うものであることを定めている。以上の各法条の構成からすれば、受刑者および被監置者が発信する文書は、宛名が私人であると公務所であるとを問わず、すべて右検閲の対象たるべき信書であると解される。宛名が公務所である場合でも信書であることにはかわりはなく、これを私人に宛てた場合と別異に解すべき条文上の根拠はない。請求人は、監獄法第四八条が裁判所その他の公務所から在監者に宛てた文書は披閲して本人に交付する旨規定されていることを理由として、本件の訴状や審判請求書は裁判所に宛てた文書であるから「信書」に該当せず、従つて検閲の対象とならず、また在監者から裁判所に宛てた文書であるから右第四十八条の文書にも該当せず、従つて披閲の対象にもならない旨主張するが、右第四十六条の立法趣旨は、在監者が発受する文書は原則として前記監獄の任務上すべて検閲の対象になるのであるが、ただ裁判所又はその他の公務所から在監者に宛てられた公文書は、前述した監獄において信書の検閲を必要とする趣旨からすれば、その有害性が一般に稀薄であるところから、この種の文書に限り公文書であることを確認する程度の披閲をもつて足りるとしたものであつて、この法条にかかる趣旨において検閲を原則とする方法に対して、例外的制限的にすべきであり、在監者が裁判所その他の公務所に宛てて発信する文書をも、右法条の文書に含ませる解釈を採ることはできない。いわんや本件の訴状や審判請求書は、信書ではなくかつ右第四十八条の文書にも当らないから、検閲はもちろん披閲の対象にもならないとする主張は、すでに説示したところから明らかなように是認できない。してみれば前掲被疑者三名において、正当な職務上の権限に基き、請求人の発信を依頼した信書たる訴状および審判請求書を検閲ないし披閲した行為は、なんら違法なものではなく、従つて犯罪を構成するものではない。もつとも右検閲ないし披閲にあたり、適正の度合を超えて、請求人の正当な権利の行使を不当に阻害したり抑止したりすることがあれば、職権濫用罪その他の犯罪を構成することもあろうが、本件において前掲三名の被疑者の前掲行為に、かかる職権濫用にわたる点があつたことは認められないところである。以上説示したところから前掲各事実に対して、検察官坂本数がこれらを罪とならずとして不起訴処分にしたのは相当であつて、違法不当なところがない。

また被疑者三名が、請求人の発信にかかる釧路地方裁判所帯広支部宛の審判請求書を検閲したとの事実に対する本件審判請求は、請求人は右事実を告訴しておらず、かつ不起訴処分に付されてもいない。従つて右事実に関する本請求は法令に定めた方式に違反する。

次に第二の事実について判断をすすめると、本件記録ならびに領置にかかる証拠物によれば、請求人が、昭和三十六年六月十六日、雑誌「キネマ旬報」昭和三十六年七月上旬号の購入を申し出たところ、帯広刑務所教育課長南保喜作は、同年七月八日、同刑務所長代理佐々木総務部長の決裁を経て、右雑誌中、いずれも男女の接吻の場面を撮影した「晴れた空」(同誌二十六頁)および「明日なき夜」(同誌三十三頁)と題する映画のスチール写真の各箇所を、刑務所の規律保持のために有害であると認めて墨筆で全面を抹消して、右雑誌を請求人に交付したことが認められる。ところで、請求人が付審判を請求する犯罪事実は、右写真の抹消自体を毀棄行為として主張するのか、抹消したことが職権濫用となると主張するのか分明を欠くが、前者であるならば、かかる毀棄行為は刑事訴訟法第二百六十二条第一項に例挙される罪のいづれにもあたらないことが明らかであるから、右請求は法令上の法式に違反するものといわなければならない。また後者であるとしても、監獄法施行規則第八十六条第一項には「文書図画ノ閲読ハ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ許ス」と定められていて、閲読の内容につき監獄の紀律保持の目的を害するものはこれを制限することができることとされており、また前示刑務所においては、在監者が私本の講入を希望するさいは、右法条を根拠として、「不適当な箇所のある場合は、削除廃棄して差支えありませんから領置金をもつて講入願います」旨記載された私本購入下付願(昭和三十六年押第三十五号の三)を提出し、不適当な箇所があるときに削除又は廃棄されることを予め承諾した上でその購入を願い出る方法をとつており、請求人も右様式による私本購入下付願(同号の二)を提出して本件「キネマ旬報」(同号の一)の購入を願い出たものであることが認められる。従つて右雑誌の記載事項中不適当な箇所がある場合にこれを削除廃棄することは、適法な行為というべきである。被疑者は、典獄たる刑務所長の代理佐々木総務部長の決裁を経て、前示スチール写真の部分二箇所を抹消したのであるが、右抹消された部分はいずれも男女のはげしい接吻の場面を大写しにしたものであつて、一般社会とくに異性から長期にわたつて隔離され、更生への努力を重ねなければならない受刑者に対して、かかる刺激的な写真を閲覧させることは、極めて好ましからぬ影響を与え、刑務所内の規律保持に著しく有害であることは多言を要しないところである。従つてこれを監獄の紀律保持に不適当であるとして抹消した被疑者の行為は、職権濫用罪を構成しないものというべきである。

よつて、本件各事実につきなした検察官の不起訴処分は、いずれも相当であり、本件請求は、叙上のとおり一部は理由がなくその余の部分も不適法であるから、刑事訴訟法第二百六十六条第一号に則り、本件請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 井口牧郎 裁判官 石丸俊彦 松野嘉貞)

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